ご挨拶

35年前、何か人と違う面白いことをやりたいと思っていた学生10人が、ラクロスを始めた。
20年前、ラクロスはマイナー競技だから日本代表を狙えると、多くの選手が他のスポーツから転向してきた。
10年前、体育会ラクロスは大学ブランドもあり、かっこいいスポーツという認識で、高校時代から入部を希望する選手も出てきた。
2020年、当たり前だと思っていた日常のラクロスができなくなってしまった。

革新(イノベーション)は、市場が成長し時が経つにつれて、徐々に保守化(フツウの組織化)していきます。ラクロスも35年の歴史を連ねて、徐々に認知度も上がり多くの大学ラクロス部が体育会の仲間入りをしました。それでも、脈々と流れる開拓者精神は、若い世代の自由なフィールドを維持し、ジャパンラクロスの原動力になってきました。

ラクロスほど、競技ルールや用具が変化してきたスポーツはないといわれています。木製のスティックが軽量カーボンになり、アイガードが必須になり、女子12人制が10人制になり、男女6人制が導入され、競技ルールも毎年のように変化・進化してきました。ゲームチェンジが頻繁に行われる中では、選手も先読みして変化しなければなりません。過去や成功体験を捨てて、常に進化するがラクロスという競技のDNAなのです。

2020年のグローバルパンデミックは、ラクロスにも社会にも、「ゼロリセット」をもたらしました。
第二次大戦で日本は焼け野原になりましたが、人と想いだけは残りました。明治・大正・昭和初期の社会の形や軍国主義の上位下達の文化が消失しても、Japan’s Miracleと言われる戦後の高度成長は、日本だから発生したのではなくて、ゼロリセットの必然だったのではないでしょうか。その時代は、ソニーもトヨタも、みな、スタートアップ企業でした。何もないから自由に行動するしかない時代は、ラクロスの30余年の歴史と重なります。挑戦、多様性、希望、共感、思索、努力…ラクロスも社会も、そうしたパッションとそれを感じる人だけが残り集まり、パンデミックを超えた海図のない時代のスタート地点に、再び舞い戻ってきたのではないでしょうか。

2020年、日本学生ラクロス連盟・日本クラブチームラクロス連盟は途方もない議論の果てに特別大会の開催にこぎつけました。そして、無観客試合で熱気のないフィールドから、YouTube, Instagramでオンライン配信とスマホ観戦が各試合で始まりました。スポンサーの支援や制約がないからこそ、縛られないラクロスだけが枠を超えていった象徴的な出来事でした。また、運営資金が苦しい中、JLAは30年居を構えた人形町東京オフィスを退去し全面フルリモートに切り替えました。愛着のある長年お世話になった住処を引き払って、ゼロリセットしたのです。

「何か、他にオルタナティブ(代替的)な考え方や戦術はないだろうか」

哲学的な批判精神を持ちつつ、客観的に世の中を見て、耳を傾け、そこから何らかの違和感を見つける。みんながあたりまえに思うことに対して、本当にそれで正しいのかと自問する。他に違う考え方はないだろうかというオルタナティブ(代替的な仮説や考え方)を自由に提案して、実行してみる。哲学やアートは、このプロセスで着実に進歩し、教養としての知性を広げ、専門的なさまざまな学問領域を創ってきました。ゼロリセットの繰り返しがイノベーションの源泉なのでしょう。ラクロスは、このオルタナティブ的な素養を持つ人が集まり、ポジティブに社会の課題を見つけ、新しい、自由な解決提案を考え、そしてそれを実行していくアート思考を持つ人たちが集まる伝統があります。

2021年、ゼロリセットの中から、アート思考を加速させる無数のラクロス人の出現が、更に新しい花をたくさん咲かせるのではないかと、今からワクワクしています。

一般社団法人日本ラクロス協会 理事会